株式会社 natural rights
Google 株式会社
今回、お話を伺ったのは、グーグルでダイバシティ日本統括責任者を務める山地由里さんと、取材時に広報担当だった緒方慈子(おがた・やすこ)さんです。
●多様な人材がいる集団のほうが、効率よくクリエーティブに問題を解決できる●
小酒部 今回は改めてダイバーシティーの価値について考えたいと思います。グーグルがダイバーシティーを推進する理由をお聞かせください。
山地由里さん(以下、山地) グーグルの根本には「10の事実」でも紹介しているように、「Do The Right Thing= 正しいことをする」という発想があります。
テクノロジーで社会問題や困難な状況を解決したいという思いもあり、社内の取り組みを社会に広く公開して、少しでも課題解決に役立ちたいと考えているのです。
また、極めてデータ重視の会社で、ダイバーシティーを語るうえでも、やはりリサーチや研究結果を非常に参考にしています。
例えば、「ダイバース=多様な人材」がいるグループと、「ホモジニアス=同じような人材」が集まるグループが問題解決に取り組んだとしましょう。
前者のほうが違う意見が出てもめごとが生じるのでは、と予想する人が多いと思いますが、実際は、前者のほうが効率よくクリエーティブに問題を解決できる。それを証明する研究もあるのです。
文化が違う人材と一緒に働き、今までとは違う視点が入ることで、瞬間的には対立が生まれ、スムーズにいかなくなる可能性はあります。
しかし、最終的には多様性が担保されているほうが、より良い結果を導くことができるということが明らかになっています。グーグルでは、長期的な視点で多様性のある環境を目指していくことこそ、イノベーションには不可欠だと考えています。
―― ダイバーシティーのメリットが様々な研究でも裏付けられているのですね。マタハラNetとしても勇気付けられます。では、日本のダイバーシティーの現状について率直な意見をお聞かせいただけますか?
山地 ダイバーシティーというと日本では、「男性」対「女性」といった対立の構図から語られることが多いのが現状だと思います。
しかし、それでは大きな弊害をもたらします。男女といった対立の構図から話をされてしまうと、女性社員がいない現場では「でも、うちには女性がいないからね」と、その時点で対話が終わってしまうからです。
実際は、たとえ男性しかいない環境だとしても、その中に無数の多様性が存在しています。その多様性の中で、自分のバックグラウンドは、どうチームに影響を与え、貢献しているのかを考えることが必要なのです。
―― 明らかな対立の構図が見えないからといって、「その組織でダイバーシティーが達成されている」というわけではないのですね。性差のような分かりやすい対立の構図が先入観となって、本当は実在している別の“多様性”が隠れて見えなくなることもあり得る。その先入観が問題なのですね。
山地 機会があるごとに繰り返しお話させていただいているのですが、やはり影響が大きいのは「無意識の偏見」です。無意識の偏見に気付いて行動を起こすことが重要で、弊社は約4年前から全社的に無意識の偏見をテーマにしたトレーニングに取り組んできました。
このトレーニングにはいくつかの段階があります。
一段階目は、無意識の偏見に気付くための「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)・トレーニング」です。研修を受けた社員がファシリテーターになって講義する形式で、対象は全社員です。
例えば、社内の誰かが何気なく発した言葉が、実は無意識の偏見に基づいていて、人を傷つけてしまうことがあります。傷ついた人が我慢すると、周囲の誰も気に留めず、外からは一見、何も起こっていないように見えてしまう。この「誰も課題に気づいてない」という点が危険なのです。
悪意がなかったとしても、言われた当人は社内で自分らしさを発揮できなくなり、周囲の人達も無意識のうちに、その発言を職場の共通認識としてしまう。これは組織のパフォーマンスにとって大きな損失です。
この無意識の偏見について様々なケースがあることを知ることを学ぶ。それが、1つ目の段階です。
二段階目は、無意識の偏見に対して行動を起こすための練習を行う「バイアス・バスティング」です。これは2年ほど前から行っています。
職場の偏見は当事者同士だけでは解決できないことが多く、当事者以外の周囲の人が気がつき、行動を取ることが重要です。ディスカッションやロールプレーを交えながら、「自分ならどのように行動を起こすか」という実践練習を行います。
山地 例えば上司が「今度の新企画では、フレッシュなアイデアが欲しいので、チームに新しい風を吹き込んでくれるような20代の若手を採用しよう」と主張したとします。
このとき、上司が口にした「20代=フレッシュ」といった無意識の偏見に気付き、自分がみんなの前で直接上司に指摘できる状況と、そうではない状況があります。
直接言葉で上司に指摘することは難しいことが多い。であればどうすればいいのかを学びます。
例えば、上司にこんな問いかけをするのも一つの方法でしょう。「この新企画で求められるスキルは何か教えてもらえますか?」と。
このポジションに求められる職務は何かという事実にフォーカスすることで、「若さと新しい視点というのは必ずしも関連するわけではない」と上司を含め、その対話を聞いていた周囲の社員も無意識の偏見に気付きます。
このような方法で何気ない無意識の偏見に基づく発言に対し、皆で「自分ならどうするか?」と具体的に考えるのです。行動の取り方は人や状況によって様々で正解はありませんが、行動を起こすということの重要性を理解するように心がけています。
―― 山地さんは日本以外でもアジア圏の国々のダイバーシティー推進を担当されていますね。各国でもトレーニングを行っていると思うのですが、日本社会における無意識の偏見は、他国と比較して強いと感じますか?
山地 どこかの地域だけで無意識の偏見が強く出るということはないと思います。無意識の偏見というのは人間であれば誰もが持ってしまうものです。
どのような部分で無意識の偏見が出るかという特徴や傾向はあると思いますが、日本だけが著しくバイアスが強いということはありません。
例えば、ある国でトレーニングを行ったとき興味深かったのが、「職場で無意識の偏見を見つけた場合、どんなアクションを取りますか?」というロールプレーをしたとき、ほとんどの人が「さて、次の日、私は…」というシナリオを作ったのです。
例えば、次の日に他のメンバーがいないような会議室に相手を呼び出し、「昨日の話だけど……」と切り出す。指摘はするけれども皆の前でメンツをつぶさずに指摘する方法を提案するケースが多かった。
指摘するというと、皆が見ているところで直ちに行わなくてはいけないと誤解してしまいがちですが、その人ができるやり方で行動を起こすことが重要であって、行動の取り方も人それぞれであって良いわけです。
―― トレーニングはどのように運営されているのでしょうか?
山地 最初にファシリテーターの希望者を募り、ファシリテーターになるためのトレーニングを受けてもらいます。また、ロールプレーやディスカッションでは、社内で実際に起きた事例を使用します。
ファシリテーターは「シナリオバンク」と呼ばれるシナリオ集から、参加者に関係性の高いものを選んで使用します。グーグルでは人事が主導してトレーニングを実施するだけでなく、社員同士が教えたり学ぶというカルチャーがあります。
―― 主体性が高く、現場の声を上げやすいのですね。そのようなカルチャーがあれば、ダイバーシティーに関する問題はそもそも起きない気がしますが、実際はどうなのでしょう?
山地 多様なバックグラウンドを持つ人がいて、考え方も多様なので、その考え同士がぶつかることはあります。多様な考え方があるからこそ、無意識の偏見に気がつく機会も多いと思います。
トレーニングを行ったから終わりということではなく、継続的に無意識の偏見に取り組んでいくことが大事だと考えています。
―― ささやかなことに日ごろから気を付けるようにすれば、深刻な状況というのは生まれにくいでしょうし、ささやかなことほど簡単に実践できるからいいですね。
山地 誰にとってもその人らしさを発揮できる環境を皆で作るためにはどうすれば良いかを考えることから始めると良いかもしれませんね。
例えば、定時に退社する男性社員が同僚に「どうしたの? 今日は何かあるの?」と聞かれたとしたら、その男性も特別な理由を考えなければならないと思うかもしれません。ですが、男性が定時に帰宅したとしても本来とがめられる理由はないはずで、その質問はひょっとしたら「男性は女性より長く働けるに違いない」という無意識の偏見に基づいているかもしれないのです。まずは自分の常識に疑問を持つことで、男性だけではなく皆に対しての働き方の視点が少し変わるかもしれません。
誰にとっても、その人らしく働きやすい環境づくりを醸成するために、企業としてできることがあれば一つでも多く実践する必要があるでしょう。個人や働き方の多様性を認めれば、一人ひとりの生産性も高まります。
―― なるほど。仕事にプライドを持つほど激しく対立する場面も出てくるでしょう。そのとき、チームを思って良かれと思って発言したことが、誰かを傷つけたり疎外したりするかもしれません。そういった場面でも、コミュニケーションを再構築することが容易になりそうですね。
では、マタハラや長時間労働に関して、まだ偏見が多い日本で、偏見を取り除くため有効なファーストステップは何でしょうか?
山地 悲しいことですが、周囲に対して、偏見を一方的に押し付けている人もいると思います。しかし、中にはそれが偏見であることに気づかずに、よかれと思って発言してしまっている人もいると思います。
善意から心ない発言をしてしまっている人には、その無意識の偏見にまず気づいてもらう必要があるでしょう。明らかに悪意ある人を責めるより、まずは、善意ある人に気づいてもらい、全員の意識を少しずつ底上げしていくことが先決ではないでしょうか。
問題ないと考えている企業でも、「自分達の中にあるダイバーシティーはなんだろう」と考える機会を増やしていくことはできます。すぐに実践できるので、まずはそこから始めていただきたいですね。
―― グーグルはテクノロジー活用を推進し、女性の抱える課題解決を目指す「Women Will」という取り組みをしていらっしゃいます。その取り組みの一つである「Happy back to work」についてお伺いします。2015年3月の開始当初、初めて職場復帰する日を追った動画を見て泣いたという友人がいました。彼女もマタハラ被害者だったので、「自分もこういうふうに復職したかった」と。復職を迎えるママや周囲の人の素直な気持ちが伝わる素晴らしい動画でした。この活動の成果についてお聞かせください。
緒方慈子さん(以後、緒方) 「Women Will」は2つの目標を軸に展開しています。1つは「テクノロジーで働き方を変える具体的な方法を提案する」こと、もう1つは「働き方に関するカルチャーを変える」ことです。
グーグルが行った独自調査によると「社外からのメールへのアクセス」や「テレビ会議」といったテクノロジーと、時短や在宅勤務等の制度を組み合わせて使うことで、時短などの制度だけを利用している人に比べて「今の会社で意欲的に働いている」「今の職場で働き続けられると思う」割合が非常に高くなるという結果が出ました。
一方で、「テクノロジー」や「制度」だけではなく、それを遠慮なく使うことができる「カルチャー」が必要だということも分かりました。
昨年は、実際に働き方を変えるための実証実験に、日産・KDDI・広島県という3パートナーに課題を抽出していただき、モデル部署を決めたうえで“働き方改革”を3カ月間実施し、働き方改革のステップと実際の効果を「未来の働き方プレイブック」として公開しました。
緒方 また、企業の中だけではなく、社会全体の意識や空気を変え、カルチャーを変えるためのきっかけを増やす狙いで、問題が顕在化しがちな復職時にフォーカスを合わせ、働く女性を応援するアイデアを、女性だけでなく男性、上司や同僚、企業の人事など、様々な立場から集めるプロジェクト「#HappyBackToWork」を立ち上げました。
ただアイデアを集めるだけでなく、それを社会を変えていく力にするため、ユーザーから投稿されたアイデアを社内で実践いただくことを条件に、サポーター企業の募集を開始し、現在5000を超えるアイデアと500社以上のサポーター企業が集まっています。
分析してみると男性目線のアイデアも多く、その中からいくつか紹介します。
NPO法人ファザーリング・ジャパンによるアイデアで「男性には2週間の育休より、1年間の定時上がりを!」というものがあります。「育休取得はもちろん大事だが、1年間確実に定時で帰れるような風土作りを」という思いが込められているようです。
そのほか「父と子で旅行する。ママにちょびっと自由な時間を」「イクメンというコトバがなくなる社会」「パパの会社に保育所をつくる」など、母親だけでなく、父親に向けたアイデアもたくさんあったのが印象的です。
ほかにも好評だったアイデアとして、「日本全体が16時終業。『夜は家族で団らん』が当たり前の社会に」「パパもママも週1回は定時退社で家族でごはん」「ママのがんばりを金額換算するアプリでパパからがんばりに応じたお給料を」などがありました。
サポート企業であるバンダイでは、お子さんの誕生に合わせ、5日間の「妻出産休暇」を取得できるという制度もあるようです。
―― 今後の課題は何でしょうか?
緒方 グーグルは、テクノロジーにより人々の生活を良くするという大きな可能性を信じています。Women Willでも、テクノロジーを活用した柔軟な働き方で女性が働きやすい環境づくりや、新しい働き方の提案を行ってきました。
さらにアイデアの分析をしてみると、女性だけでなく男性も含めた社員みんなの働き方改革なしに、本当に働きやすい環境の実現は難しいというのが現状です。
今年はさらにパートナー企業やユーザーから集まったアイデアをどう社会に活かしていくか、またアイデアの実践により働く女性やその周囲の人達の働き方がどう変わったかを発信していくことを目標に活動を進めていきます。
山地 私はたまたまマタハラを体験をしませんでしたが、もしかしたら、同じ経験をする可能性はあったと思います。声を上げていくというのは本当に大事な活動だなと思います。
―― 応援ありがとうございます。頑張っていきたいと思います。
インタビュー:2016年2月
取材のために訪れた六本木のオフィスはさながら映画の撮影所のようで、フロアには撮影スタジオのようなデザインのドアが無数に並んでいました。案内された一室はドレスルーム。「このフロアに無数の才能が集まり、魅力あるコンテンツが発信されている」――と肌に感じました。
「仕事ができる人ほど、譲れない何かを持っているのではないか。だからこそ、仲間との衝突や自分の頑固さに苦しむことになるかもしれない。しかし、そういった個性を抱擁する環境がここにあるのだろうな」、と思いました。
差別やハラスメントの解消が、なぜ業務改善に結びつくのか疑問を抱く人に、今回のインタビューは納得のいくアンサーとなったのではないでしょうか。多様な人材が個性ある能力を発揮しつつ、チームとしてまとまる。それを支える大変な努力を感じたインタビューでした。
グーグル・ダイバシティ日本統括責任者
米シカゴ大学経営大学院修士課程修了(MBA)。日系IT系企業・米国系ソフトウェア企業においてエンジニアとして勤務後渡米。ビジネススクール卒業後は、米国にてソフトウェア企業人事部のリーダーシップディベロップメントプログラムに在籍。タレントマネジメント・HRビジネスパートナー等のポジションを経験後、ダイバーシティーを担当する。帰国後、米国系企業でのダイバーシティ日本統括担当を経てグーグルに入社。グーグルではアジアパシフィック地域のダイバーシティーを担当。